テキーラの歴史
テキーラは、ある日誰かが発明した酒ではありません。先住民の発酵酒に、スペインがもたらした蒸留技術が重なって生まれた酒です。そこから約500年、原産地呼称と世界遺産にまで辿り着く道のりを追います。
蒸留以前 — アガベは「飲み物」だった
スペイン人が来る前から、メソアメリカの人々はアガベの樹液を発酵させてプルケ(pulque)という白濁した酒を造っていました。度数は数%ほどで、儀礼や祭礼と結びついた神聖な飲み物です。
ここで押さえておきたいのは、プルケは蒸留酒ではないという点です。原料も、テキーラに使うアガベ・アスルとは別の種が中心でした。つまりテキーラの直系の祖先というより、「アガベを酒にする文化」の土台にあたります。
16世紀 — 蒸留技術の到来
1521年のスペインによる征服以降、蒸留の技術がメキシコに持ち込まれます。持参した酒が尽きた入植者たちが、手近にあったアガベを蒸留してみた——というのが通説です。こうして生まれた蒸留酒は当初「vino de mezcal(メスカルのワイン)」と呼ばれました。
つまり当時テキーラという酒名はまだなく、アガベの蒸留酒はすべてメスカルでした。テキーラ市周辺で造られたものが、やがて産地名で呼ばれるようになります。今日「テキーラはメスカルの一種」と説明されるのは、この出自によります。
18世紀 — 記録に残る最初の商業生産
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1758 | ホセ・アントニオ・デ・クエルボが、スペイン国王からテキーラ市近郊の土地を下賜される |
| 1795 | 子孫のホセ・マリア・グアダルーペ・デ・クエルボが最初の公式な製造・販売許可を取得 |
この1795年が、記録に残るテキーラ商業生産の起点としてよく引かれます。以降、テキーラは地場の蒸留酒から「売られる商品」へと性格を変えていきます。
19世紀 — アガベ・アスルが選ばれる
転機は1873年。ドン・セノビオ・サウザがラ・ペルセベランシア蒸留所を取得し、米国への輸出を始めます。CRT(テキーラ規制委員会)は、彼を数あるアガベの中からアガベ・アスルが最適だと見抜いた人物として位置づけています。
これは決定的な選択でした。今日「テキーラはアガベ・アスル100%(またはその糖分が51%以上)」と定義されているのは、この時代の見極めが規格として固定された結果です。
植物学的な裏づけが付くのは少し後。ドイツの植物学者フランツ・ウェーバーにちなみ、この品種は Agave tequilana Weber var. azul と分類されます。ラベルやNOM規格に「Weber」の名が出てくるのはこのためです。
20世紀 — 「テキーラ」が法律の言葉になる
20世紀後半、テキーラは輸出産業として拡大する一方、産地の外で造られた模倣品という問題を抱えます。メキシコが取った手段が、法による囲い込みでした。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1974 | 原産地呼称(DO)を登録。指定5州の外では「テキーラ」を名乗れなくなる |
| 1994 | CRT(テキーラ規制委員会)設立(5月17日・非営利団体として) |
| 2006 | UNESCO世界文化遺産に「リュウゼツラン景観と古代テキーラ産業施設群」が登録 |
1974年の原産地呼称は、テキーラを「メキシコのある土地でしか造れない酒」として国際的に守る枠組みです。ワインにおけるシャンパーニュと同じ発想で、対象は現在5州・計181市町村(詳しくはこちら)。
そして1994年のCRT設立で、規格を「決める」だけでなく現場を検査して認証する体制ができました。ボトルに刻まれたNOM番号は、この仕組みの産物です。
21世紀 — プレミアム化という転換
ここ20年で最も大きく変わったのは、飲まれ方です。かつて世界におけるテキーラのイメージは「塩とライムで一気に飲むショット」でした。それを支えていたのは安価なミクストです。
いま起きているのは逆の流れです。2006年には長期熟成のエクストラアネホがクラスとして正式に追加され、2025年の輸出では68%が100%アガベになりました(最新統計)。ウイスキーのように、蒸留所や製法で選び、ゆっくり味わう酒へと位置づけが移っています。
近年の「無添加(アディティブフリー)」をめぐる議論も、この延長線上にあります。飲み手が原料と製法を見るようになったからこそ、何を足しているかが問われ始めたのです(無添加テキーラとは何か)。
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主な参照: CRT(Consejo Regulador del Tequila)公式(設立1994年5月17日、アガベ・アスル選定の経緯)/ NOM-006-SCFI-2012(メキシコ公式規格)/ UNESCO世界遺産リスト(2006年登録)/ Casa Cuervo・Sauza 各社の公表沿革。 なお16世紀の蒸留開始については複数の説があり、本記事では通説を紹介しています。